宇宙ゴミとも呼ばれるスペースデブリは、役目を終えた人工衛星やロケット上段、機体から分離した部品、宇宙空間での衝突や爆発によって生じた破片など、地球周辺の軌道に残る機能していない人工物を指します。
小さな破片であっても宇宙空間では非常に高速で移動するため、運用中の人工衛星に衝突すれば、通信、測位、気象観測、防災、安全保障などを支える機能が失われる可能性があり、日本の日常生活や経済活動と無関係な問題ではありません。
日本では、JAXAによるスペースデブリの観測と接近解析、航空自衛隊による宇宙領域把握、衛星運用者による衝突回避、デブリを増やさないための設計標準、民間企業と連携した大型デブリ除去実証など、複数の対策が同時に進められています。
ここでは、宇宙ゴミに対する日本の対策について、現在実施されている監視や回避の仕組み、ADRAS-Jをはじめとする除去技術、国内制度、国際協力、今後解決すべき課題までを整理し、日本がどのような考え方で持続可能な宇宙利用を目指しているのかを紹介します。
宇宙ゴミ・スペースデブリに対する日本の対策

日本のスペースデブリ対策は、宇宙にあるゴミを回収する技術だけで構成されているわけではありません。
軌道上の物体を観測して位置を把握すること、運用中の衛星との接近を予測して衝突を避けること、新たなデブリを発生させない設計と運用を普及させること、危険性の高い既存物体を将来的に除去することが一体となっています。
さらに、内閣府、文部科学省、JAXA、防衛省、民間企業、大学などがそれぞれの役割を担い、国内の技術開発だけでなく、米国をはじめとする各国との情報共有や国際的なルール形成にも参加している点が日本の対策の特徴です。
観測網の整備
日本の対策で最初の土台になるのが、スペースデブリの位置や軌道をできる限り正確に把握する観測網であり、見つけられない物体は接近を予測することも安全に除去することもできません。
JAXAは岡山県の美星スペースガードセンターにある光学観測設備や上齋原スペースガードセンターのレーダーなどを活用し、地球周回軌道上にある人工衛星、ロケット、破片の観測と軌道解析を行っています。
| 仕組み | 主な役割 | 得意な対象 |
|---|---|---|
| レーダー観測 | 電波の反射で位置を測る | 低軌道の物体 |
| 光学観測 | 望遠鏡で反射光を捉える | 高い軌道の物体 |
| 解析システム | 観測結果から軌道を計算する | 接近・再突入の予測 |
JAXAは解析、レーダー、光学観測の三つのシステムの開発を2022年度末までに完了し、現在は設備の維持運用に加えて、観測精度や軌道解析技術の向上にも取り組んでいます。
ただし、日本国内の観測設備だけで地球の全周を常時監視することはできないため、海外機関の観測情報と組み合わせて軌道を更新し、限られたセンサーを有効に使うことが重要です。
接近解析と衝突回避
スペースデブリの軌道が分かると、次に必要になるのが運用中の人工衛星との将来の位置関係を計算し、危険な接近を早い段階で見つける接近解析です。
JAXAでは、国内外から得た軌道情報を用いてデブリとJAXA衛星の接近を評価し、一定の条件を超えるリスクが見つかった場合には、衛星の担当者へ情報を伝え、軌道変更の必要性を検討できるようにしています。
- 最接近する時刻を予測する
- 衛星との距離を計算する
- 軌道情報の不確かさを評価する
- 衝突確率の変化を確認する
- 回避後の軌道をシミュレーションする
警報が出たからといって必ず衛星を動かすわけではなく、観測データが追加されると予測位置が変わることもあるため、燃料消費、衛星の任務、ほかの物体との接近、軌道変更後の運用計画を含めた総合判断が必要です。
JAXAは衝突確率と回避方法を視覚化する支援ツールRABBITも無償提供しており、専門の軌道解析担当者が少ない大学や企業でも、接近情報を運用判断につなげやすくする環境を整えています。
国全体の宇宙領域把握
日本では、民生分野を中心とするJAXAの宇宙状況把握に加えて、防衛省と航空自衛隊も宇宙空間の安定的な利用を確保するための宇宙領域把握を進めています。
航空自衛隊の宇宙作戦団は、レーダーなどで収集した観測データを活用し、宇宙物体同士の接近や大気圏へ再突入する物体を把握するSSAシステムの運用を担っています。
宇宙作戦団は2020年5月に宇宙作戦隊として新編された組織を基礎に拡充され、2023年3月から宇宙領域把握の任務を開始し、JAXAや米国などの関係機関と情報を共有する体制を強化しています。
さらに、防衛省と自衛隊が自ら保有して運用するSDA衛星の打ち上げも令和8年度に予定されており、地上からの観測だけでは把握しにくい静止衛星周辺の物体や活動を宇宙から確認する能力の整備が進められています。
防衛分野の宇宙領域把握には意図的な妨害や不審な衛星活動を見極める目的も含まれますが、物体の軌道を正確に把握する基盤は、スペースデブリとの衝突を防ぐ民生上の安全確保にもつながります。
CRD2による大型デブリ除去
すでに宇宙空間に存在する大型デブリへの対策として、JAXAは民間企業と連携した商業デブリ除去実証プログラムCRD2を進めています。
CRD2の目的は、危険性の高い大型デブリを除去する技術を獲得するだけでなく、日本企業が将来の軌道上サービス市場で事業を展開できるように、政府の研究開発と民間の機動力を組み合わせることです。
大型のロケット上段や故障衛星は、一つの物体として大きな衝突リスクを持つだけでなく、別の物体と衝突して多数の破片を生じさせる可能性があるため、環境改善の観点では優先的な除去対象になり得ます。
一方で、制御されていない物体は通信に応答せず、姿勢も一定とは限らないため、安全に接近して形状や回転状態を確認し、捕獲して軌道を変更するまでには、通常の人工衛星同士のドッキングとは異なる技術が必要です。
CRD2は、こうした非協力的な物体への接近、周回観測、捕獲、軌道離脱を段階的に実証し、技術、運用、安全基準、許認可、事業性に関する知見を同時に蓄積する取り組みです。
ADRAS-Jの実証成果
CRD2フェーズⅠでは、アストロスケールが開発した商業デブリ除去実証衛星ADRAS-Jが、2009年に打ち上げられた日本のH-IIAロケット上段を対象として、接近と詳細観測を行いました。
対象となったロケット上段は全長約11メートル、直径約4メートル、重量約3トンの大型物体であり、自ら位置情報を送信したり姿勢を制御したりしない非協力物体です。
ADRAS-Jは2024年2月の打ち上げ後、遠方から対象を探して軌道を合わせ、約50メートルの距離を保った定点観測や周回観測を行い、表面の状態や将来の捕獲候補部分を複数の方向から撮影しました。
その後は対象から約15メートルまで接近し、距離と相対姿勢を維持する運用にも成功したほか、接近中の異常を検知した場合に自律的に離脱するアボート機能が実際の軌道上で作動することも確認されました。
2026年3月には運用終了に向けた軌道降下が公表され、ADRAS-J自体も長期間軌道上に残るデブリにならないよう、5年以内の自然落下と大気圏再突入が見込まれる軌道へ移動する対応が取られています。
ADRAS-J2の捕獲計画
フェーズⅠのADRAS-Jが担当したのは接近と観測であり、対象となるロケット上段を実際に捕獲して除去したわけではありません。
次のCRD2フェーズⅡでは、後継ミッションとなるADRAS-J2が対象へ接近し、ロケット上段の衛星分離部付近を捕獲したうえで軌道を下げ、大気圏へ再突入させる計画が進められています。
2026年6月時点で公表されている計画では、ADRAS-J2の打ち上げは2027年度に予定されており、フェーズⅠで取得した対象物体の外観、運動、捕獲候補箇所の状態などが機体設計や運用計画に生かされます。
実際の大型デブリを捕獲すると、捕獲前とは宇宙機全体の質量や重心、慣性、振動特性が変化するため、接触時の衝撃を抑え、対象を安定させながら安全に軌道を変更する高度な制御が欠かせません。
この実証に成功すれば、故障衛星の回収、寿命を迎えた衛星の軌道離脱、軌道上点検、燃料補給などにも応用できる可能性があり、日本の対策を環境保全から宇宙産業の育成へ広げる重要な段階になります。
デブリを増やさない設計
スペースデブリ問題を長期的に改善するには、既存物体の除去だけでなく、これから打ち上げる人工衛星やロケットが新たなゴミにならないよう、設計段階から運用終了後の処分方法を決める必要があります。
JAXAはスペースデブリ発生防止標準を整備し、正常な打ち上げや運用で不要物をできる限り放出しないこと、軌道上での破砕を防ぐこと、運用後に保護すべき軌道から離脱することなどを求めています。
破砕防止では、運用を終えた機体に燃料や高圧ガス、充電された電池などのエネルギーを残さない安全化処置が重要であり、残留エネルギーによる爆発を防ぐことが大量の破片発生を抑える基本になります。
低軌道の衛星には大気抵抗を利用して一定期間内に再突入できる軌道へ移る方法があり、静止軌道の衛星には運用中の衛星が使う領域から離れた墓場軌道へ移動する方法があります。
ただし、運用末期には推進系や通信系が故障して計画どおり離脱できない場合もあるため、処分に必要な燃料の確保、機器の冗長化、故障時に使える受動的な軌道離脱装置なども含めて設計することが大切です。
法制度と運用ルール
日本国内の設備から人工衛星を管理する場合には、宇宙活動法に基づく許可が必要であり、申請時には機体や運用の安全性に加えて、スペースデブリの発生を防ぐための措置も確認されます。
特に、別の宇宙物体へ接近する軌道上サービス衛星は、通常の通信衛星や観測衛星より頻繁かつ大きな軌道変更を行うため、対象物体との接触、第三者の衛星への接近、異常時の離脱などを想定した追加的な安全管理が求められます。
内閣府は人工衛星やロケットを開発する企業や大学向けに、安全で持続的な宇宙空間を実現するための手引書も公表し、設計、製造、打ち上げ、運用、終了処置の各段階で検討すべき対策を示しています。
手引書は許可審査そのものの基準ではありませんが、宇宙分野へ新しく参入する事業者が国際的なデブリ低減の考え方を理解し、開発の早い段階から必要な機能や運用費を見込むための参考になります。
技術実証を積み重ねながら現実の運用に合う許可制度や安全基準を整えることは、事故を防ぐだけでなく、日本企業が海外で軌道上サービスを提供する際の信頼性を高めることにもつながります。
国際協力と情報共有
人工衛星やスペースデブリは国境に沿って移動するものではないため、日本だけで観測、衝突回避、除去、ルール形成を完結させることはできません。
日本は米国などから提供される軌道情報を利用するとともに、JAXAの観測結果や技術的知見を共有し、国連宇宙空間平和利用委員会や宇宙機関間スペースデブリ調整委員会などの議論にも参加しています。
- 観測データの共有
- 接近警報の交換
- 低減基準の共通化
- 安全な近傍運用の検討
- 除去対象国との調整
- 再突入情報の周知
国連のスペースデブリ低減ガイドラインは、新たなデブリの発生を抑えるための共通原則を示していますが、すべてを自動的に強制できる国際的な交通法規が完成しているわけではありません。
日本には、CRD2で得られた実データや安全運用の経験を国際的なルール作りへ反映し、技術を持つ国だけが有利になる仕組みではなく、多くの国や事業者が実行できる透明性の高い基準へつなげる役割が期待されています。
なぜ日本でもスペースデブリ対策が急がれるのか

スペースデブリは遠い宇宙で発生している特殊な環境問題に見えますが、日本が利用する人工衛星や地上のデジタルインフラに直接影響し得る現実的なリスクです。
近年は小型衛星や大規模な衛星コンステレーションの打ち上げが増え、同じ高度帯を通る物体の数が多くなったことで、運用者が確認しなければならない接近情報も増加しています。
危険性を過度に煽る必要はないものの、衝突が起きてから対策するのでは遅いため、観測精度、回避能力、終了時処分、既存デブリ除去を事前に整えておく必要があります。
軌道上物体の増加
欧州宇宙機関のスペースデブリ統計によると、2026年6月25日時点で宇宙監視ネットワークが定常的に追跡し、カタログへ登録している宇宙物体は約4万5570個とされています。
しかし、地上から追跡できるのは一定以上の大きさを持つ物体が中心であり、観測されていない小さな破片まで含めると、軌道上の人工物はカタログ数を大きく上回ると推定されています。
| 対象 | 2026年6月時点の目安 |
|---|---|
| 追跡・登録される宇宙物体 | 約4万5570個 |
| 10センチ超の物体 | 約5万4000個 |
| 1センチ超10センチ以下 | 約120万個 |
| 1ミリ超1センチ以下 | 約1億4000万個 |
| 軌道上物体の総質量 | 1万6600トン超 |
これらの数字には推定値が含まれ、観測能力や統計モデルの更新によって変化しますが、追跡できない小型物体が非常に多いという傾向を理解するには有効です。
一つ一つの破片をすべて回収することは現実的ではないため、大型物体の破砕を防ぐこと、運用中の衛星を守ること、新たに打ち上げる機体を確実に軌道から離脱させることが優先されます。
高速衝突の危険
低軌道を周回する人工衛星やデブリは、おおむね秒速数キロメートルの速度で地球の周囲を移動しており、互いに異なる方向から接近した場合の相対速度はさらに大きくなります。
そのため、地上では小さく見えるボルトや金属片でも、宇宙機の外壁、太陽電池パネル、アンテナ、配管、センサーなどに衝突すれば、任務を継続できない損傷を与える可能性があります。
- 外壁や窓の損傷
- 太陽電池パネルの破壊
- 燃料配管からの漏えい
- 姿勢制御機能の喪失
- 通信アンテナの故障
- 衝突による新たな破片発生
大きな物体同士が衝突すると、多数の破片が複数の軌道へ広がり、それらが別の衛星へ接近する機会を増やすため、単独の事故で終わらない点が問題です。
ただし、軌道が交差して見えても通過時刻が異なれば衝突しないため、危険性は物体数だけでは判断できず、正確な軌道、予測誤差、物体の大きさ、接近方向を組み合わせて評価する必要があります。
暮らしを支える衛星への影響
日本社会では、測位衛星による位置情報、気象衛星による台風や豪雨の観測、通信衛星による離島や船舶との通信、地球観測衛星による災害状況の把握など、多くの機能が宇宙システムに支えられています。
人工衛星が一機故障しただけで直ちにすべてのサービスが停止するとは限りませんが、代替機が少ない重要衛星や、同じ軌道に配置された複数衛星が影響を受ければ、情報の精度や提供頻度が低下する可能性があります。
衛星運用者が頻繁な回避を求められるようになると、回避に使う燃料が増え、観測や通信を一時停止する時間も発生し、人工衛星の寿命やサービスコストに影響します。
さらに、打ち上げ直後の衛星、推進装置を持たない小型衛星、故障して地上から操作できない衛星は自力で回避できないため、周囲の運用者が動くか、危険な接近を受け入れざるを得ない場合があります。
スペースデブリ対策は宇宙開発のためだけの費用ではなく、衛星を利用する防災、交通、農業、金融、物流、通信などの社会基盤を安定させるための保険に近い役割を持っています。
日本の技術は宇宙ゴミをどう減らすのか

スペースデブリを減らす技術は、掃除機のような装置で周囲の破片をまとめて吸い込むものではなく、対象の大きさ、軌道、高度、回転状態、所有国に合わせて異なる方法を選ぶ必要があります。
日本では、地上から物体を把握する観測技術、対象へ安全に近づくランデブ技術、接触して運動を安定させる捕獲技術、軌道を下げる推進技術、衛星自身に搭載する軌道離脱装置などが研究されています。
これらを単独で評価するのではなく、観測から除去後の再突入までを一つのサービスとして成立させられるかが、実用化と事業化を左右します。
対象を見つける技術
除去ミッションを始める前には、地上観測によって対象のおおまかな軌道を把握し、サービス衛星が接近した後には、搭載カメラや測距センサーで相対位置と姿勢を詳しく測ります。
対象が通信に応答しない場合、サービス衛星は画像の輪郭、光の反射、距離の変化などから自分と対象の位置関係を判断し、衝突しない経路を自律的または地上の支援を受けながら飛行します。
| 距離 | 主に使う情報 | 必要な判断 |
|---|---|---|
| 遠方 | 地上の軌道データ | 対象軌道への移動 |
| 接近中 | カメラや測距センサー | 相対位置の推定 |
| 近傍 | 高精度画像と距離情報 | 形状と回転の把握 |
| 捕獲直前 | 捕獲箇所の状態 | 接触条件の調整 |
長期間宇宙にある物体は、打ち上げ前の図面どおりの状態とは限らず、表面の劣化、部品の変形、断熱材の剥離、想定外の回転が生じている可能性があります。
ADRAS-Jが実物の大型デブリを複数方向から観測した意義は、捕獲機構の設計だけでなく、地上試験では再現しにくい照明条件や画像処理、航法、安全距離の設定に関する実データを得たことにあります。
接近して捕獲する技術
制御されていないデブリを捕獲するには、対象の回転に合わせてサービス衛星の位置と姿勢を調整し、接触の瞬間に過大な衝撃や反発を発生させないことが重要です。
捕獲方法には、対象にあらかじめ設けたドッキング用プレートを利用する方式、ロボットアームや機械的な把持装置を使う方式、ロケットの接続部分をつかむ方式などが考えられます。
- 対象の形状を確認する
- 回転速度と回転軸を推定する
- 安全な接近経路を設定する
- 異常時の離脱経路を確保する
- 接触時の衝撃を吸収する
- 捕獲後の姿勢を安定させる
将来打ち上げる衛星に共通の捕獲インターフェースを搭載しておけば、故障時や運用終了時にサービス衛星がつかみやすくなり、専用の捕獲機構を毎回一から設計する負担を減らせます。
一方で、すでに軌道上にある古いロケットや衛星にはそのような装置がないため、CRD2のように既存構造の中から強度があり、接触しても破損しにくい場所を見つける技術が必要です。
軌道から離脱させる技術
デブリを捕獲した後は、対象を別の場所へ運ぶだけでなく、将来ほかの物体と衝突しにくい状態にするまでが除去ミッションです。
低軌道の物体では、サービス衛星の推進装置を使って高度を下げ、大気抵抗が大きくなる軌道へ移動させ、一定期間後に大気圏へ再突入させる方法が代表的です。
機体が大きく、再突入しても一部が燃え尽きず地上へ到達する可能性がある場合には、人口密集地域を避けられる落下経路を計画するなど、地上の安全も同時に検討しなければなりません。
小型衛星では、薄い膜を広げて大気抵抗を増やすドラッグセイル、長い導電性テザーと地球磁場の作用を利用する装置、運用終了後だけ作動する小型推進系など、衛星自身に軌道離脱機能を持たせる方法も研究されています。
どの方式でも、運用終了後に確実に作動する信頼性、衛星本体への質量と電力の負担、打ち上げ時の安全性、再突入までの期間、製造コストを比較して採用する必要があります。
日本の対策に残る課題と今後の焦点

日本は観測、衝突回避、接近観測、法制度の各分野で取り組みを進めていますが、スペースデブリ問題を継続的に改善する仕組みが完成したわけではありません。
実証実験に成功しても、除去費用を誰が支払うのか、どの物体を優先するのか、他国が所有する物体へ誰が接近できるのかといった経済的、法的、外交的な問題が残ります。
今後は一度限りの国家プロジェクトから、複数の顧客へ継続的にサービスを提供できる市場へ移行し、安全性と収益性を両立させることが焦点になります。
費用負担と優先順位
大型デブリの除去には、専用衛星の開発、打ち上げ、地上運用、対象への接近、捕獲、軌道変更まで多額の費用がかかりますが、除去による利益は特定の一社だけでなく、同じ軌道を利用する多くの事業者へ広がります。
そのため、危険な物体があっても、自社だけで全費用を負担して除去しようとする運用者は現れにくく、政府調達、国際共同事業、保険制度、利用者負担などを組み合わせる必要があります。
| 判断項目 | 優先度が高くなる条件 |
|---|---|
| 物体の質量 | 大型で破砕時の影響が大きい |
| 軌道の混雑度 | 多くの衛星が利用している |
| 残存期間 | 自然落下まで長期間かかる |
| 衝突可能性 | 他物体との接近機会が多い |
| 除去可能性 | 安全な捕獲箇所がある |
小さな破片を数多く回収するよりも、将来大量の破片を生む可能性がある大型物体を優先した方が、軌道環境全体への効果が大きくなる場合があります。
ただし、リスク評価の方法が不透明だと特定国や特定企業に都合のよい対象選定と受け取られるため、選定基準、費用、観測データ、除去後の効果を可能な範囲で共有することが重要です。
国際ルールの整備
軌道上で機能を失った人工衛星やロケットであっても、誰の所有物でもないゴミとして自由に回収できるとは限らず、打ち上げ国の管轄や所有権、安全保障上の情報が関係します。
外見上は故障した衛星に見えても、機体には機密性の高い技術が使われている可能性があるため、別の国や企業が許可なく接近すれば、除去ではなく偵察や干渉と受け取られるおそれがあります。
- 対象物体の所有者を確認する
- 打ち上げ国の同意を得る
- 接近目的と軌道を開示する
- 事故時の責任を決める
- 取得データの扱いを定める
- 第三者への影響を評価する
また、除去作業中に対象を破損させたり別の衛星へ衝突させたりした場合の責任、複数の打ち上げ国が関係する物体の扱い、除去事業者が取得した画像の権利なども事前に整理する必要があります。
日本が実証で得た運用手順や安全基準を国際社会へ示し、接近前の通知、異常時の離脱、最低限共有すべき情報などを共通化できれば、除去サービスへの不信感を抑えやすくなります。
産業化と人材育成
スペースデブリ対策を長く続けるには、政府の研究費だけに依存せず、観測、接近点検、故障衛星の移動、寿命延長、燃料補給、運用終了時の軌道離脱などを組み合わせた軌道上サービス市場を育てる必要があります。
除去専用の衛星を一回ごとに開発すると費用が高くなるため、共通化した衛星バスや捕獲機構を利用し、複数の対象へ対応できる設計、量産可能な部品、運用の自動化を進めることが求められます。
同時に、軌道力学、画像認識、ロボット制御、推進系、宇宙法、保険、サイバーセキュリティ、国際交渉など、異なる専門分野を横断して判断できる人材が欠かせません。
大学や企業が小型衛星を開発する段階から、運用終了後の処分や衝突回避に必要な費用を事業計画へ含める文化を広げなければ、打ち上げ数の増加に安全管理が追いつかない状態になります。
日本がADRAS-Jで得た実績を一度の技術的成功で終わらせず、ADRAS-J2、国内外の商用案件、標準化、人材育成へ連続的につなげられるかが、対策の実効性と国際競争力を左右します。
持続可能な宇宙利用へ日本の対策を捉え直す
宇宙ゴミに対する日本の対策は、JAXAや航空自衛隊による観測と軌道解析、衛星運用者への接近情報の提供、衝突回避支援、スペースデブリ発生防止標準、宇宙活動法に基づく安全確認、民間企業と進める大型デブリ除去実証によって構成されています。
特にADRAS-Jは、制御されていない大型ロケット上段へ安全に接近し、約50メートルでの周回観測や約15メートルまでの接近を実現したことで、実物のデブリを捕獲する次の段階へ進むための技術とデータを残しました。
一方で、追跡できない微小な破片は非常に多く、すべてを回収することは困難であるため、大型物体の破砕防止、運用中の衛星の回避、新規衛星の確実な軌道離脱、危険度の高い既存物体の選択的除去を組み合わせる必要があります。
さらに、除去費用の負担、対象物体の所有権、事故時の責任、接近情報の透明性、国際的な交通ルールなどは、技術だけでは解決できない課題です。
日本の役割は宇宙ゴミを単に回収することにとどまらず、観測から除去までの安全な仕組みを実証し、民間サービスとして継続できる市場と国際ルールを育て、将来の世代も地球周辺の軌道を利用できる環境を残すことにあります。


