宇宙飛行士が地球へ帰還した映像を見ると、宇宙船から出た直後にスタッフへ体を預けたり、椅子に座ったまま運ばれたりする姿が映るため、宇宙に長く滞在すると足の筋肉が衰えて歩けなくなるのではないかと疑問を持つ人は少なくありません。
しかし、帰還直後の歩行を難しくする最大の要因は単純な筋力低下だけではなく、微小重力に適応した脳や内耳が地球の重力環境へ切り替わるまで、姿勢や傾き、上下方向を正しく判断しにくくなることにあります。
さらに、下半身へ血液を送り返す循環調節の変化、足腰を支える筋肉の機能低下、めまいや吐き気、帰還作業による疲労などが同時に重なるため、本人に歩く力が残っていても転倒を避ける目的で介助が必要になります。
ここでは、宇宙飛行士が帰還後に歩けないように見える理由を中心に、体内で起きている変化、回復に必要な期間、帰還後のリハビリ、宇宙滞在中に行われる対策まで順を追って説明します。
宇宙飛行士が帰還後に歩けない主な理由

宇宙飛行士が帰還直後に自力で歩きにくくなる背景には、平衡感覚、筋肉、循環器、姿勢制御など複数の機能が関係しています。
なかでも大きな影響を与えるのが、重力をほとんど感じない環境に合わせて組み替えられた感覚処理を、地球上の重力に対応する状態へ戻す作業です。
映像だけでは足の筋力が完全に失われたように見えることがありますが、実際には歩けないというよりも、安全にまっすぐ歩ける状態ではないと捉えるほうが正確です。
平衡感覚の再適応
帰還直後の歩行を難しくする中心的な理由は、宇宙で微小重力に適応した平衡感覚が、地球の重力にすぐ対応できないことです。
人間の脳は地上にいる間、内耳から届く重力や加速度の情報、目から得る景色の情報、足裏や関節から得る体の位置情報を組み合わせ、どちらが上で体がどの程度傾いているかを判断しています。
ところが、宇宙では足を床につけて体を支える必要がなく、上下の基準も曖昧になるため、脳は内耳からの重力情報よりも視覚情報を重視する処理方法へ徐々に適応します。
その状態で地球へ戻ると、再び強い重力情報が内耳へ入力される一方で、脳は宇宙向けの処理を続けようとするため、自分では直立しているつもりでも体が傾き、方向転換や頭の動きで急にバランスを崩すことがあります。
この再適応は歩き方を忘れたことを意味するのではなく、歩行に必要な感覚の使い方を地球仕様へ調整している段階であり、多くの場合は時間の経過と訓練によって改善していきます。
内耳の重力センサー
耳の奥にある前庭器官は、頭の回転や直線的な動き、重力に対する傾きを検出し、目の動きや姿勢を安定させるための重要な情報を脳へ送っています。
前庭器官のうち耳石器は、地上では重力によって一定方向へ引かれる小さな結晶と感覚細胞の動きを利用し、頭が前後左右のどちらへ傾いたかを判断しています。
微小重力環境では地上と同じ重力刺激がなくなるため、耳石器が受け取る情報の意味が変わり、脳は頭の傾きと体の移動を区別する方法を宇宙環境に合わせて修正します。
帰還すると耳石器は再び重力の影響を受けますが、脳がその信号をすぐ正確に解釈できるとは限らないため、頭を振り向けただけで景色が回転するように感じたり、足元が動いているように感じたりします。
JAXAの金井宣茂宇宙飛行士も帰還後の記録で、頭の動きに伴って周囲が回転するように感じ、自分がまっすぐ立っているか判断しにくかったことを紹介しています。
感覚情報の食い違い
安全な歩行には内耳だけでなく、視覚、足裏の感覚、筋肉や関節から届く固有感覚を統合し、体の位置を瞬時に推定する能力が必要です。
宇宙では視覚を頼りに姿勢を判断する場面が増える一方、足裏へ体重がかからないため、地上で無意識に利用していた接地感覚や関節への荷重情報が大幅に減少します。
- 視覚では床が水平に見える
- 内耳では傾きを判断しにくい
- 足裏への荷重感覚が弱い
- 関節の位置感覚が変化する
- 頭と目の連動が乱れやすい
地球へ戻ると、これらの感覚が一度に強く入力されるため、目で見た方向と内耳が示す方向が一致せず、船酔いに似た吐き気やふらつきが現れることがあります。
特に目を閉じた歩行、急な方向転換、頭を上下へ動かしながらの移動は視覚による補正が使いにくくなるため、直線を歩く動作よりも難しく感じられる場合があります。
足腰の筋力低下
平衡感覚が大きな原因である一方、微小重力によって足腰の筋肉が使われにくくなり、筋力や持久力が低下することも帰還後の歩行へ影響します。
地上では立っているだけでも、ふくらはぎ、太もも、臀部、背中などの抗重力筋が常に働き、膝や股関節が折れないように体を支えています。
宇宙では壁や手すりを軽く押すだけで移動でき、体重を支える必要もないため、運動を行わなければ筋肉への刺激が地上より大きく減り、筋肉量や筋力、神経と筋肉の連携が低下します。
ISSでは毎日運動を行うことで低下を抑えていますが、運動器具を使う時間以外の日常動作では足に荷重がかかりにくいため、地上とまったく同じ状態を保つことは簡単ではありません。
ただし、帰還直後に支えられている姿を見て筋肉だけで体を支えられないと決めつけるのは適切ではなく、筋力低下へ平衡感覚の乱れや血圧調節の変化が加わった結果として考える必要があります。
立位での血圧調節
宇宙飛行士が立ち上がったときにふらつく理由には、重力によって下半身へ移動する血液を補う循環調節が十分に働かないことも関係しています。
地上では立ち上がると血液が脚側へ移動しますが、血管の収縮や心拍数の調整によって脳への血流が保たれるため、通常は意識を失わずに立ち続けられます。
| 環境 | 体液の分布 | 体への影響 |
|---|---|---|
| 地上 | 下半身にも分布 | 血圧調節が常に働く |
| 宇宙 | 上半身側へ移動 | 循環血液量が調整される |
| 帰還直後 | 脚側へ再移動 | 立ちくらみが起こりやすい |
微小重力では血液や体液が頭側へ移動しやすく、体は余分な水分が増えたように判断して水分量を調整するため、帰還時には地上生活時より循環血液量が少なくなっている場合があります。
この状態で急に立つと脳へ十分な血液を送りにくくなり、目の前が暗くなる、力が抜ける、冷や汗が出る、失神しそうになるといった起立性不耐性が起こる可能性があります。
そのため帰還直後は本人が歩けると感じていても、血圧低下による突然の転倒を防ぐ目的で、スタッフが両側から支えながら移動させます。
体重を支える負担
宇宙では体が浮いているため、頭、腕、胴体、脚の重さを骨格や筋肉で支える感覚がほとんどなくなり、宇宙飛行士は少ない力で姿勢を変えられます。
地球へ戻った瞬間から全身には再び重力がかかり、頭を起こす、背筋を伸ばす、腕を持ち上げる、脚を前へ運ぶという日常的な動作にも明確な重さを感じるようになります。
特に頭部は首の筋肉で支える必要があるため、帰還後には頭が非常に重く感じられ、視線を下へ向けたり横を振り向いたりするだけで首の疲労やめまいが強くなることがあります。
また、宇宙では足を使わずに三次元方向へ移動していたため、片脚へ体重を乗せて反対側の脚を前へ出すという地上特有の歩行動作にも再調整が必要です。
体重が戻った感覚と平衡感覚の乱れが重なると、脚を動かせても着地位置を正確に決めにくくなるため、歩幅を広げたり足を左右へ開いたりして安定を確保しようとする歩き方が見られます。
めまいと帰還時の疲労
宇宙飛行士の帰還は単に宇宙船へ乗って地上へ降りるだけではなく、ドッキング解除、大気圏再突入、着陸や着水、機体回収まで長時間にわたる集中と緊張を伴います。
帰還船内では座席へ固定された姿勢が続くうえ、大気圏再突入時には減速による負荷や振動も加わるため、地上へ到着した時点で疲労や脱水感、乗り物酔いに似た症状が強くなっている場合があります。
さらに、内耳と視覚の食い違いによるめまいや吐き気がある状態で頭を動かすと症状が悪化しやすく、無理に立ち上がれば嘔吐や転倒につながる可能性があります。
スタッフが宇宙飛行士を椅子に座らせたり担架で運んだりするのは、歩行能力が永久に失われたからではなく、医学的な確認が終わるまで余計な負担を避ける安全手順としての意味が大きい対応です。
帰還直後の映像を判断するときは、筋力、平衡感覚、血圧、疲労、運用上の安全対策が重なった場面であり、椅子で運ばれていることだけから健康状態を推測できない点に注意が必要です。
微小重力で体に起こる変化

帰還後の歩行障害を理解するには、宇宙滞在中に人間の体が微小重力へどのように適応するかを知る必要があります。
体の変化は単なる衰えではなく、その環境で効率よく生活するために脳や循環器、筋肉、骨が働き方を変えた結果でもあります。
宇宙では合理的だった適応が、重力のある地球へ戻った直後には一時的な不調として表れます。
感覚統合の組み替え
脳は視覚、前庭感覚、固有感覚を同じ比率で利用しているわけではなく、置かれた環境で信頼しやすい情報へ比重を移しながら姿勢を制御しています。
重力方向が明確な地上では内耳や足裏の情報が有効ですが、自由に浮遊する宇宙船内では上下が固定されないため、目の前に見える壁や機器の配置を基準にしたほうが作業しやすくなります。
- 視覚への依存が高まる
- 重力方向の基準が弱まる
- 足裏の接地情報が減る
- 頭と目の反射が変化する
- 姿勢制御の手順が変わる
こうした変化は脳の適応能力が正常に働いた結果であり、宇宙で生活するうえでは必要ですが、帰還時には地球用の感覚処理へ戻すための時間が必要です。
再適応中は、目を閉じる、暗い場所へ入る、頭を急に動かす、不安定な床へ乗るなど視覚補正を使いにくい条件で、ふらつきや方向感覚の乱れが目立ちやすくなります。
抗重力筋と持久力
微小重力では姿勢を保つための筋活動が減るため、足腰の筋力だけでなく、長時間動き続ける持久力や心肺機能にも変化が生じます。
特に、ふくらはぎ、太もも、臀部、背筋など地上で重力に逆らう筋肉は日常的な負荷が失われるため、運動による補強を行わなければ機能低下が進みやすい部位です。
| 部位や機能 | 宇宙での変化 | 帰還後の影響 |
|---|---|---|
| ふくらはぎ | 荷重刺激が減る | 立位が疲れやすい |
| 太もも | 筋力が低下しやすい | 立ち上がりが難しい |
| 体幹 | 姿勢保持が減る | 直立が不安定になる |
| 心肺機能 | 負荷が変化する | 運動で息が上がりやすい |
| 神経連携 | 地上動作を使わない | 動きがぎこちなくなる |
筋肉量が保たれていても、地面を押して反力を受けながら体を前進させる動作は宇宙でほとんど行わないため、筋力測定の数値と実際の歩きやすさが一致しない場合があります。
そのため帰還後の訓練では、単純に重い物を持ち上げるだけでなく、立ち上がり、方向転換、段差移動、片脚支持など実生活に近い動作を回復させる必要があります。
筋肉そのものの回復と、筋肉を適切な順番で動かす神経制御の回復は同じ速度で進むとは限らないため、歩けるようになった後も運動能力の調整が続きます。
骨量の減少
宇宙では骨へ体重がかかりにくくなるため、骨を作る働きと古い骨を分解する働きの均衡が変わり、腰や脚など荷重を支える骨を中心に骨密度が低下する可能性があります。
NASAは四カ月から六カ月程度の飛行について、荷重骨の骨密度が平均で一カ月当たり約一パーセントから一・五パーセント低下する可能性を示していますが、変化の程度には運動、栄養、体質などによる個人差があります。
ただし、骨密度の低下は帰還直後にまっすぐ歩けない現象の主要因とは言いにくく、映像で見られるふらつきは平衡感覚や循環調節の影響を強く受けています。
骨の変化が重要なのは、転倒時のけがや長期的な骨の健康に関わるためであり、骨密度検査や運動記録を通じて飛行前後の状態が継続的に管理されます。
骨は筋肉や感覚機能より代謝の周期が長いため、歩行が早期に安定しても骨の状態が完全に回復したとは限らず、帰還後も負荷を段階的に増やす必要があります。
帰還直後から回復するまでの流れ

宇宙飛行士は地球へ到着した後、体調確認を受けながら段階的に立位や歩行、持久運動、筋力トレーニングへ移行します。
回復速度には大きな個人差があり、数日で日常的な歩行が安定する人がいる一方、筋力や持久力、骨の状態を飛行前の水準へ近づけるには数週間から数カ月かかることがあります。
ここで重要なのは、自力で歩ける時期と、あらゆる身体機能が飛行前と同じ状態へ戻る時期は一致しないという点です。
帰還当日から三日程度
着陸または着水の直後は、医療スタッフが意識、血圧、脈拍、脱水状態、神経症状、めまい、吐き気などを確認し、安全に姿勢を変えられるかを判断します。
この時期は頭を動かしたときのめまいや立位での血圧低下が起こりやすいため、本人の希望だけで自由に歩かせず、介助を付けて短い移動から始めるのが基本です。
- 医学的な状態確認
- 水分や栄養の補給
- 補助付きの立位
- 短距離の歩行
- 軽いストレッチ
- 休養と睡眠の確保
JAXAが公開する飛行後健康管理の概要では、帰還後三日程度までの初期段階に介助付き歩行、軽い活動、ストレッチやマッサージなどを組み合わせる流れが紹介されています。
最初から長距離を歩かせないのは筋肉を甘やかすためではなく、感覚と循環器が重力へ再適応する速度を確認しながら転倒や過度な疲労を避けるためです。
四日目から二週間程度
めまいや立ちくらみが落ち着き、基本的な歩行が安定してくると、心肺機能、柔軟性、筋力、敏捷性、バランス能力を幅広く回復させる段階へ進みます。
この時期には単に歩行距離を延ばすのではなく、水中運動や自転車、抵抗運動などを組み合わせ、体へかかる負担を調整しながら活動量を増やします。
| 運動 | 主な目的 | 注意点 |
|---|---|---|
| 水中歩行 | 低負荷で歩行練習 | 疲労を見ながら実施 |
| 固定式自転車 | 心肺機能の回復 | 血圧変化を確認 |
| バランス運動 | 姿勢制御の再学習 | 転倒防止を徹底 |
| 抵抗運動 | 筋力の回復 | 負荷を段階的に増加 |
| 柔軟運動 | 動作範囲の改善 | 痛みを避ける |
歩行ができるようになった人でも、視線を動かしながら方向を変える動作や、障害物をまたぐ動作、片脚で姿勢を保つ動作では不安定さが残る可能性があります。
そのためトレーナーは、運動器具の記録だけでなく、動作の質、左右差、目や頭の動き、疲労後の姿勢変化なども確認しながら内容を調整します。
日ごとに調子が変わることもあるため、前日にできた運動を必ず増やすのではなく、睡眠や移動、検査による疲労も含めて負荷を決めます。
二週間以降の機能回復
初期の歩行障害が改善した後は、ランニング、筋力トレーニング、俊敏な方向転換、長時間の有酸素運動などを増やし、飛行前の活動水準へ近づけていきます。
JAXAが示す長期滞在者向けの例では、帰還後十五日目から四十五日目まで積極的なトレーニングを行い、その後は本人の回復状態を見ながら通常生活への復帰を判断する流れになっています。
一方で、この四十五日という期間は誰もが完全に回復する日数を保証するものではなく、年齢、宇宙滞在期間、飛行前の体力、宇宙で実施できた運動、帰還後の症状などによって延長される場合があります。
バランス感覚や通常歩行は比較的早く改善しても、筋力を飛行前の水準へ戻すには数カ月かかることがあり、骨の代謝や構造の変化はさらに長い期間を要する可能性があります。
したがって、帰還後数日で歩いている映像を見てもすべての機能が回復したとは限らず、反対に帰還当日に椅子で運ばれていても長期的な障害が残ると判断することはできません。
宇宙滞在中に行う予防策

帰還後の歩行や体力への影響を小さくするため、宇宙飛行士はISS滞在中から計画的な有酸素運動と筋力トレーニングを続けています。
ただし、地上と同じ重力を宇宙船内で常時再現できないため、現在の対策は変化を完全になくすものではなく、機能低下の程度をできるだけ抑えるものです。
運動だけでなく、栄養、水分、睡眠、医学検査を組み合わせて体調を管理することが重要になります。
ISSの運動メニュー
JAXAやNASAの情報では、ISSの宇宙飛行士は筋肉、骨、心肺機能を維持するため、準備や片付けを含めて一日約二時間を目安に運動を行っています。
宇宙では通常のランニングや重量挙げができないため、体を器具へ固定したり、空気圧や真空シリンダーを利用したりして地上に近い負荷を作ります。
- トレッドミルでの走行
- 固定式自転車での有酸素運動
- 抵抗装置でのスクワット
- 抵抗装置でのかかと上げ
- 体幹を使う抵抗運動
- 個人状態に合わせた負荷調整
トレッドミルでは体が浮き上がらないようハーネスで床方向へ引きつけますが、装着時の圧迫感や運動姿勢が地上の走行と同じではないため、完全な再現にはなりません。
抵抗運動装置ではスクワットやデッドリフトに似た動きを行い、足腰や骨へ刺激を与えますが、運動以外の時間には体重がかからないため、日常生活全体で受ける地上の負荷との差が残ります。
運動処方は一律ではなく、飛行前の測定値や宇宙滞在中の心拍数、使用した負荷、回数、体調を記録し、地上の専門チームが内容を調整します。
栄養と医学的な管理
筋肉や骨の維持には運動だけでなく、十分なエネルギーやたんぱく質、ビタミン、ミネラル、水分を摂取し、体重や代謝の変化を継続的に把握することが欠かせません。
食欲の低下や忙しい作業によって摂取量が不足すると、トレーニングを続けても筋肉や体力を保ちにくくなるため、食事記録や体重に相当する測定値が管理されます。
| 管理項目 | 確認する内容 | 主な目的 |
|---|---|---|
| 食事 | 摂取量と栄養 | 筋肉や骨の維持 |
| 水分 | 脱水や尿量 | 循環機能の維持 |
| 運動 | 負荷と心拍数 | 体力低下の抑制 |
| 睡眠 | 時間と質 | 疲労回復 |
| 検査 | 筋肉や骨の変化 | 対策の調整 |
帰還前には水分や塩分を補給して循環血液量を確保する対策が行われる場合もありますが、具体的な方法は健康状態や運用条件に応じて医学チームが判断します。
骨密度、筋肉量、心肺機能、血液や尿の指標などを飛行前後で比較することで、どの対策が有効だったかを評価し、次の宇宙飛行士の運動や健康管理へ反映します。
宇宙飛行士が非常に健康で訓練された人であっても変化を完全には避けられないことから、本人の努力だけに任せず、機器、食事、医療、運用を一体化した対策が必要です。
現在の対策にも限界がある
ISSにある運動器具は長年の研究によって改良されていますが、重力が一日中かかる地上生活と、限られた時間だけ人工的な負荷を与える宇宙での運動には大きな違いがあります。
宇宙船内のスペース、機器の重量、電力、振動、保守作業、乗員の作業時間には制限があるため、地上のトレーニング施設と同じ数の器具を持ち込むことはできません。
また、筋力や骨への対策が十分でも、内耳へ地球と同じ重力刺激を与え続けることは難しく、帰還時のめまいや姿勢制御の変化を運動だけで完全に防ぐことはできません。
将来の月や火星への飛行では、長期間の微小重力移動を終えた直後に乗員自身が着陸作業や機体外活動を行う可能性があるため、地上スタッフの介助を前提にできない点が重要な課題になります。
そのため、より小型で効率的な運動器具、飛行中のバランス訓練、下半身へ体液を引き寄せる装置、遠心力による人工重力など、帰還後の機能低下を抑える新しい方法の研究が進められています。
帰還後の歩行で誤解されやすい点

宇宙飛行士がスタッフに抱えられる映像は印象が強いため、足が動かなくなった、重い病気になった、長期滞在者は必ず何カ月も歩けないといった誤解が生じやすくなります。
実際の状態には個人差があり、同じ滞在期間でも症状や回復速度が異なるほか、安全手順によって歩行できる人も座った状態で移送される場合があります。
映像から分かる範囲と、医学検査をしなければ判断できない範囲を分けて考えることが大切です。
完全な麻痺とは異なる
帰還後に歩けないという表現は、脚を動かす神経が失われた状態や、永久的な麻痺を意味するものではなく、安全な立位や歩行を一時的に維持しにくい状態を広く表しています。
宇宙飛行士は座ったまま脚を動かしたり、介助を受けて立ったりできることが多いものの、複数の変化が重なるため、単独歩行では転倒する危険があります。
- 脚の筋力は残っている
- 姿勢の傾きを把握しにくい
- 立位で血圧が下がりやすい
- 頭の動きでめまいが起こる
- 疲労で反応が遅れやすい
歩行は脚の筋力だけで成立する動作ではなく、視覚、内耳、感覚神経、脳、脊髄、筋肉、心臓、血管が同時に働く必要があるため、どれか一つの調整が遅れるだけでも不安定になります。
ただし、宇宙飛行士にも一般の人と同様に病気やけがが起こる可能性はあるため、すべての歩行困難を微小重力への適応だけで説明せず、帰還後には医学的な評価が行われます。
映像を見て健康状態を断定するのではなく、通常の再適応による介助なのか、別の医学的理由があるのかは公式発表や検査結果に基づいて判断する必要があります。
回復期間には個人差がある
帰還後に歩行が安定するまでの時間は宇宙滞在期間だけで決まらず、年齢、体質、飛行経験、宇宙での運動量、帰還時の疲労、前庭感覚の反応などによって変わります。
初めて宇宙へ行った人より経験者のほうが必ず早く回復するとも限らず、同じ人物でも飛行ごとに症状の強さが異なる可能性があります。
| 影響する要素 | 回復との関係 |
|---|---|
| 宇宙滞在期間 | 長いほど変化が増える傾向 |
| 運動の実施状況 | 筋力維持に影響 |
| 前庭感覚の個人差 | めまいの強さに影響 |
| 帰還時の体調 | 初期歩行に影響 |
| 年齢や基礎体力 | 訓練内容に影響 |
| 過去の飛行経験 | 適応方法に影響する可能性 |
NASAが紹介する帰還者の体験でも、数日でかなり安定した人がいる一方、目を閉じると直線歩行が難しい人や、下を向くと吐き気を感じる人など、困りやすい動作はそれぞれ異なっています。
多くの乗員は早い段階で日常的な歩行を再開しますが、筋力、持久力、敏捷性、骨の状態まで含めた完全な回復には、歩けるようになるまでより長い時間が必要です。
したがって、帰還後に何日で歩けるかを一つの数字で示すより、補助なしで立てる時期、通常歩行が安定する時期、運動能力が戻る時期を分けて考えるほうが実態に合っています。
椅子で運ばれるのは安全確保のため
帰還映像で宇宙飛行士が宇宙船から抱え出され、専用の椅子へ座らされる場面は、本人が一歩も歩けないことを証明するものではありません。
着陸地点は海上の回収船や舗装されていない場所になることがあり、宇宙服や装備を身につけた状態で狭いハッチを通り、不安定な足場へ降りる動作には通常以上の転倒リスクがあります。
さらに、カプセル内で長時間座った姿勢から急に立つと血圧が下がりやすく、平衡感覚の乱れによって本人が異変を自覚する前に体が傾く可能性もあります。
そのため回収チームは、歩行能力を見せることよりも迅速な医学確認と安全な移送を優先し、体調が良さそうに見える乗員にも同様の補助を行う場合があります。
椅子へ座った後には血圧、脈拍、意識、神経機能、吐き気、痛みなどが確認され、その後の移動方法や検査内容は個々の状態に合わせて決められます。
宇宙飛行士の帰還後の歩行を理解する要点
宇宙飛行士が帰還後に歩けないように見える最大の理由は、足の筋肉が完全に失われたことではなく、微小重力に適応した脳や内耳が地球の重力へ再適応するまで、傾きや上下方向を正確に判断しにくくなることです。
そこへ足腰や体幹の筋力低下、地上の体重を支える負担、下半身へ血液が移動した際の血圧低下、めまい、吐き気、帰還作業による疲労が加わり、安全な単独歩行を難しくします。
帰還直後は介助付き歩行や休養から始め、状態を確認しながら有酸素運動、筋力訓練、バランス運動へ進みますが、通常歩行ができる時期と筋力や骨を含む身体機能が飛行前へ戻る時期は同じではありません。
椅子や担架で運ばれる姿は長期的な障害を示すものではなく、転倒や失神を防いで医学的な確認を行うための安全対策であり、帰還映像を見る際には平衡感覚、循環器、筋肉、運用手順をまとめて捉えることが重要です。



