月面に立つような姿で写った小型月着陸実証機SLIMの画像を見て、なぜ着陸機が逆立ちしているのか、着陸そのものに失敗したのではないかと疑問を持った人は多いでしょう。
結論からいえば、SLIMが想定外の姿勢になった直接のきっかけは、月面まで約50メートルの高度で2基あるメインエンジンのうち1基のノズルが破損して離脱し、左右の推力バランスが崩れたことです。
ただし、片側の推力を失った後も機体の自律制御は働き続け、残されたエンジンや補助スラスタを使って降下速度と位置のずれを抑えたため、機体は破壊的に衝突せず、地球との通信を維持できる状態で月面に到達しました。
ここでは、ノズルが離脱した詳しい原因、予定されていた二段階着陸との違い、逆立ちのような姿勢でも成功と評価された理由、太陽電池が発電できなかった背景、着陸後に得られた成果までを順に整理し、ニュースの短い説明だけでは分かりにくい因果関係を丁寧にたどります。
SLIMはなぜ逆立ちで着陸したのか

SLIMが逆立ちのような姿勢になった理由は、単純に着陸脚が壊れたからでも、着陸地点を見失ったからでもありません。
高度約50メートルで片側のメインエンジンに推力低下が生じ、正常なエンジンだけで降下を続けた結果、機体に予定外の横方向の動きと回転が加わり、設計時に想定していた横倒し姿勢とは異なる向きで接地したことが中心的な理由です。
さらにJAXAの調査では、エンジン単体の製造不良というより、推薬の供給圧が低下していた着陸終盤に複数のスラスタが同時作動したことで、一時的な不着火と未燃推薬の滞留が起こり、再着火時の大きな衝撃でノズルが破損した可能性が高いとされています。
先に押さえたい結論
SLIMの姿勢が想定外になった直接原因は、2基あるメインエンジンのうち片側のノズルが離脱し、そのエンジンの推力が大幅に低下したことです。
左右に配置されたエンジンがほぼ同じ力を出していれば、機体は計画された向きと速度を保ちながら降下できますが、片側だけが弱くなると正常な側の力が相対的に強くなり、機体を回転させたり横へ流したりする力が生まれます。
SLIMの制御システムは異常を検知すると、残った推力を利用して降下を続け、着陸地点からのずれを可能な範囲で小さくしようとしましたが、本来の二段階着陸に必要な接地直前の姿勢や水平速度を完全には再現できませんでした。
その結果、SLIMはメインエンジンが上を向くほぼ鉛直の姿勢で停止し、一般向けには分かりやすく逆立ち着陸と表現される状態になりましたが、実際には人間の逆立ちのように完全に上下が反転したというより、予定外の面を月面に向けて立った状態と理解するのが正確です。
姿勢変化を生んだ要因
逆立ち姿勢に至る流れを理解するには、ノズルの破損、推力の非対称、水平移動、接地時の回転を一つの連続した現象として見る必要があります。
ノズルが離れた瞬間だけで姿勢が決まったのではなく、その後も機体は降下を続けていたため、残ったエンジンの推力、補助スラスタによる姿勢制御、月面までの距離、接地時の速度が組み合わさって最終姿勢が形成されました。
| 段階 | 起きたこと | 機体への影響 |
|---|---|---|
| 着陸終盤 | 片側で不着火が発生 | 推薬が内部に滞留 |
| 再着火時 | 大きな着火衝撃が発生 | ノズルが破損して離脱 |
| 降下継続中 | 左右の推力が不均衡 | 東方向への移動が増加 |
| 接地時 | 予定外の姿勢と速度 | ほぼ鉛直の状態で停止 |
したがって、逆立ち着陸は単独の部品故障だけで説明するよりも、推進系の異常を起点として制御や接地運動に影響が連鎖した結果と捉えると、現象の全体像が分かりやすくなります。
ノズルが離脱した瞬間
JAXAが公表した着陸データによると、推進系の異常はSLIMが月面から約50メートルの高度で障害物を確認し、最終的な着陸位置を調整する段階に入った頃に発生しました。
航法カメラが捉えた画像や加速度計、着陸レーダー、レーザー距離計などのデータを組み合わせると、片側のメインエンジン付近から複数の物体が離れていく様子が確認され、エンジンのノズル部分が破損した可能性が示されました。
ノズルは燃焼ガスを適切な方向へ加速させ、推進力へ変換する重要な部分であるため、燃焼そのものが続いていてもノズルが失われれば、計画された大きさと方向の推力を得ることが難しくなります。
2024年12月に公表されたJAXAのSLIMプロジェクト総括資料では、事象前後のテレメトリーデータと数値解析を照合した結果、過大な着火衝撃によって片側メインエンジンのノズルが破損し、推力が大幅に低下した可能性が高いと整理されています。
供給圧が低下した背景
ノズル破損の背景には、SLIMが軽量化のために採用していたブローダウン方式と、着陸終盤における推薬供給圧の低下が関係しています。
ブローダウン方式は、推薬を消費するにつれてタンクからエンジンへ供給される圧力が徐々に下がる仕組みで、圧力を一定に保つための調圧装置などを減らせるため、小型探査機の質量を抑えやすい利点があります。
- 軽量化しやすい
- 部品数を減らせる
- 運用終盤は圧力が低くなる
- 低圧時は着火条件が厳しくなる
- 同時噴射で圧力が変動しやすい
SLIMでは推薬をほぼ使い終える着陸直前に多数の補助スラスタとメインエンジンの作動が重なったため、もともと低くなっていた供給圧が一時的にさらに下がり、片側のメインエンジンが予定された時点で着火できなかったと推定されています。
未燃推薬が衝撃を生んだ仕組み
片側のメインエンジンがすぐに着火しなかった間も、燃料と酸化剤の供給は完全には止まらず、燃焼していない推薬がエンジン内部に約1秒間滞留したと考えられています。
その後、同時に作動していた多数の補助スラスタが噴射を終えると、メインエンジンに回る推薬供給圧が回復し、着火しなかった側のエンジンでも燃焼が始まりました。
しかし、その時点では通常の着火に必要な量を超える未燃推薬が燃焼室付近に存在していたため、蓄積された推薬にも一気に火がつき、通常の運転では想定しないほど大きな着火衝撃が発生した可能性があります。
この衝撃がノズルを破損させたという説明は、エンジンが突然自然に壊れたという意味ではなく、低い供給圧、噴射タイミングの重なり、不着火、未燃推薬の滞留、再着火という条件が連続した結果である点が重要です。
自律制御が続けた降下
片側のメインエンジンが十分な推力を出せなくなった後も、SLIMは地上からリアルタイムで操縦されたのではなく、搭載コンピューターが機体の状態を判断しながら自律的に降下を続けました。
月と地球の間には通信時間があり、高度数十メートルから接地までの短い時間に管制室が状況を判断して細かな操作を返すことはできないため、着陸機自身がセンサー情報を処理し、残された装置で対応する設計が不可欠です。
SLIMのソフトウェアは推力低下を検知すると、もう一方のメインエンジンと補助スラスタを使って急激な落下や位置の逸脱を抑え、水平位置が必要以上にずれないよう制御を継続しました。
正常時と同じ姿勢に戻すだけの余裕はありませんでしたが、通信可能な状態で月面に到達したことは、異常時にも機体を即座に失わない自律制御が実際の月面環境で機能したことを示しています。
写真に写った最終姿勢
着陸後のSLIMは、メインエンジンが上を向き、機体が月面に対してほぼ鉛直に立ち、太陽電池パネルが西方向を向いた姿勢だったと推定されています。
この姿はSLIMから分離された変形型月面ロボットLEV-2が撮影し、LEV-1を経由して地球へ送信した画像によって外部からも確認され、機体内部の姿勢データだけに頼らず着陸状態を把握する材料になりました。
| 確認項目 | 実際の状態 | 主な影響 |
|---|---|---|
| メインエンジン | 上向き | 予定外の鉛直姿勢 |
| 太陽電池パネル | 西向き | 着陸直後は発電困難 |
| 通信機能 | 維持 | 着陸データを送信 |
| 機体本体 | 大破せず停止 | 後日の運用再開が可能 |
JAXAのLEV-2による撮影成果は、超小型ロボットが月面を移動して対象を撮影し、別のロボットを介して地球へ画像を届けたことも示しており、逆立ち姿勢の確認以外にも大きな技術的価値があります。
計画された横倒しとの違い
SLIMは当初から一般的な月着陸船のように高い脚で直立し続ける設計ではなく、接地後に制御された形で機体を横方向へ倒す二段階着陸方式を採用していました。
予定では、斜面の高い側にある主脚を先に接地させて衝撃を吸収し、その後に機体を緩やかに回転させ、複数の補助脚で支えられた低い横倒し姿勢に移ることになっていました。
一方、実際の着陸では推力の非対称によって接地直前の向きや水平速度が変化したため、意図した方向へ寝かせる動きが成立せず、設計上の安定した横倒し姿勢とは異なる面で接地して、エンジン側を上にした状態で止まりました。
予定姿勢も地球上の感覚では横転しているように見えますが、管理された横倒しと想定外の鉛直姿勢では、脚への荷重、搭載機器の向き、アンテナの見通し、太陽電池に当たる光が異なるため、両者を同じ転倒として扱わないことが大切です。
誤解されやすいポイント
逆立ちという印象的な言葉だけが広がると、着陸制御が最初から機能しなかった、目標地点から大きく外れた、機体が完全に故障したという誤解につながりやすくなります。
実際には、画像照合航法や障害物検知は異常発生前まで高い精度で動作し、推進系のトラブル後も自律制御によって軟着陸と通信の維持が実現しました。
- 着陸地点を見失ったわけではない
- 両方のエンジンが停止したわけではない
- 機体が高速で墜落したわけではない
- 予定された横倒し姿勢ではない
- 主要な技術実証は達成された
SLIMの結果を正しく評価するには、最終姿勢だけを見て成功か失敗かを決めるのではなく、目標位置への到達精度、降下中の航法性能、接地後の機能維持、科学観測の実施状況を分けて考える必要があります。
予定されていた二段階着陸の仕組み

SLIMの最終姿勢を理解するには、本来どのように月面へ接地する予定だったのかを知ることが欠かせません。
SLIMは斜面でも転倒しにくい低い姿勢を作るため、脚を地面へ同時に下ろして直立する方式ではなく、最初の脚で衝撃を受け止めてから機体を意図した方向へ倒す二段階着陸を選びました。
この方式は奇抜さを狙ったものではなく、小型軽量化、斜面への対応、着陸時の安定性を同時に得るための合理的な設計であり、逆立ち姿勢とは別の現象です。
接地までの手順
二段階着陸では、SLIMが障害物を避けながら目標地点の上空まで移動し、月面から約3メートルの高さでメインエンジンを停止した後、補助スラスタで姿勢を整えながら接地します。
最初に機体下部の主脚を月面へ触れさせ、その脚に組み込まれた衝撃吸収材をつぶすことで落下時のエネルギーを受け止め、続いて機体を斜面側へ回転させて補助脚を接地させる計画でした。
| 段階 | 予定された動作 | 目的 |
|---|---|---|
| 最終降下 | 障害物を避けて垂直降下 | 安全な場所へ移動 |
| 高度約3メートル | メインエンジン停止 | 噴射の影響を抑制 |
| 第一接地 | 主脚が月面へ接触 | 衝撃を吸収 |
| 第二接地 | 機体を倒して補助脚で支持 | 低い姿勢で安定 |
JAXA宇宙科学研究所のSLIMの着陸機構に関する解説でも、横転そのものを避けるのではなく、接地後の回転を管理して最終姿勢へ導くという考え方が示されています。
横向きに寝かせる理由
月面の斜面に背の高い機体を直立させると、重心から月面までの高さが大きくなり、小さな横速度や地面の傾きでも転倒する危険が高まります。
そこでSLIMは、最終的に機体を低い横倒し姿勢へ移すことで重心を月面へ近づけ、斜面上でも安定しやすい接地形態を作ることを目指しました。
- 重心を低くできる
- 脚構造を小さくできる
- 斜面での転倒を抑えやすい
- 機体全体で衝撃を管理できる
- 探査機の軽量化につながる
ただし、横向きならどの方向へ倒れてもよいわけではなく、太陽電池、通信アンテナ、観測機器、着陸脚が設計通りに機能する特定の向きへ移る必要があるため、予定外の逆立ち姿勢は二段階着陸の成功形態とは区別されます。
実際の着陸との分岐点
本来の着陸では、接地直前まで左右のメインエンジンが適切な推力を出し、機体の横速度と前傾角度を狙った範囲へ収めることが二段階着陸の前提でした。
ところが、高度約50メートルで片側のノズルが離脱したことで、SLIMは降下を継続しながら異常時の位置制御を優先し、本来の接地姿勢を作るための余裕を失いました。
正常な側のエンジンによる力が機体中心からずれた位置に作用すると回転力が生じるため、補助スラスタが姿勢を補正しても、残り時間と推力の範囲内で位置、速度、角度のすべてを予定値へ戻すことは困難です。
このため、SLIMは二段階着陸を途中まで正常に実行して突然逆立ちしたのではなく、推進系の異常によって接地前の条件が変わり、本来予定していた二段階の回転運動へ入れなかったと考えるのが自然です。
エンジントラブルの原因調査

着陸直後の段階では、航法カメラに写った落下物や推力データから片側のノズル離脱が推定されていましたが、なぜ破損したのかまでは確定していませんでした。
JAXAはその後、機体から届いたテレメトリーデータ、設計情報、地上での燃焼試験、推進系を再現した数値解析を照合し、2024年12月のプロジェクト総括で有力な発生シナリオを公表しました。
原因は一つの部品だけに求められるものではなく、軽量化された推進システムの圧力特性と、着陸終盤における複数スラスタの噴射タイミングが重なったシステムレベルの現象として整理されています。
破損までの連鎖
推定された発生過程では、まずメインエンジンの噴射開始と多数の補助スラスタの噴射開始が重なり、片側メインエンジンへ供給される推薬の圧力が一時的に低下しました。
低い圧力では安定した着火が難しくなるため、そのエンジンは予定時刻に着火せず、供給された燃料と酸化剤が未燃の状態で内部へたまりました。
- 推薬消費で供給圧が低下
- 多数のスラスタが同時に作動
- 片側メインエンジンが不着火
- 未燃推薬が内部に滞留
- 補助スラスタ停止後に圧力回復
- 再着火時に大きな衝撃が発生
- ノズルが破損して推力低下
一連の説明は加速度、レーダー高度、レーザー距離、航法カメラ画像など異なる種類の観測データとおおむね整合しており、単なる外観上の推測ではなく、複数の計測結果を組み合わせて導かれたものです。
エンジン単体の欠陥ではない理由
JAXAは、今回のトラブルについてメインエンジンそのものに固有の欠陥があったと結論づけたのではなく、推進系全体が特定の条件で動作した結果としてノズル破損に至った可能性が高いと説明しています。
搭載されたセラミックスラスタは事前に過負荷試験も行われ、着陸直前まで軌道変更や姿勢制御に使用されており、ロケット分離後からトラブル発生までに予定された総噴射の約98パーセントを終えていました。
| 検討された観点 | 調査上の整理 |
|---|---|
| 製造時の単純な不良 | 有力とはされていない |
| 材料寿命による破損 | 主要因とは考えにくい |
| 通常燃焼中の自然破損 | データと整合しにくい |
| 未燃推薬の異常燃焼 | 有力な発生シナリオ |
| 推進系全体の圧力変動 | 背景要因として重要 |
また、設計想定を超える大きな着火衝撃が加われば金属製スラスタでも機能を失う可能性があるため、セラミックという材料だけを原因とみなすのも適切ではありません。
初期発表から変わった点
2024年1月の着陸結果発表では、航法カメラに写った物体や推力低下のデータからノズルが脱落した可能性が示され、片側エンジンの異常が着陸姿勢へ影響したことが説明されました。
その段階では、ノズルがなぜ壊れたのかについて複数の可能性を排除できず、燃焼室や材料の問題、外部からの力、推進系の圧力変化などを追加調査する必要がありました。
2024年12月の総括では、着火しなかった約1秒間に未燃推薬が滞留し、補助スラスタ停止後の供給圧回復によって異常燃焼が生じたという、より具体的な因果関係が提示されました。
調査結果は宇宙機の設計や運用条件へ反映するため、JAXA内部や関係メーカーへ共有されており、今後は低供給圧時の着火条件、スラスタの同時作動、異常燃焼を防ぐ制御などが重要な検討材料になります。
逆立ち姿勢でも成功と評価された理由

月面で予定外の姿勢になった事実だけを見ると、SLIMの着陸は失敗だったように感じられますが、宇宙ミッションの成否は外観だけではなく、事前に定められた成功基準ごとに評価されます。
SLIMの中心的な目的は、月面の狙った場所へ100メートル級の精度で到達するピンポイント着陸技術と、小型軽量な月惑星探査機システムを実証することでした。
最終姿勢と太陽電池の発電には問題が生じた一方、画像照合航法、障害物検知、自律誘導、軟着陸、通信維持、着陸後の科学観測など多くの項目が達成されたため、プロジェクト全体として成功と評価されています。
成功基準による評価
SLIMには最低限達成すべきミニマムサクセス、主要目的を満たすフルサクセス、着陸後の活動まで含めたエクストラサクセスという段階的な成功基準が設けられていました。
最終的なプロジェクト総括では、画像照合航法を用いた高精度誘導、100メートル以内の着陸、着陸後の機能維持、太陽電池の発電回復後に行った科学観測などを根拠として、各段階の基準を達成したと判断されています。
| 成功段階 | 主な内容 | 評価 |
|---|---|---|
| ミニマムサクセス | 光学航法と軽量機体の実証 | 達成 |
| フルサクセス | 100メートル以内の高精度着陸 | 達成 |
| 機能維持 | 着陸後の通信とデータ取得 | 達成 |
| エクストラサクセス | 月面での科学観測 | 達成 |
予定通りの姿勢で発電を開始することは重要でしたが、それは唯一の成功条件ではないため、姿勢異常があったことと、ピンポイント着陸技術が実証されたことは両立します。
ピンポイント着陸の精度
SLIMは障害物回避を始める前の高度約50メートルで、目標地点に対しておおむね10メートル以内、解析によっては3メートルから4メートル程度という高い位置精度を実現したと評価されています。
その後に片側エンジンのトラブルが発生し、機体が東方向へ流れながら降下したため、最終的な着陸地点は目標地点から東へ約55メートルと初期発表され、後の総括資料では約60メートル程度と整理されました。
- 目標精度は100メートル以内
- 異常前は10メートル程度以内
- 推定値は3メートルから4メートル程度
- 最終着陸地点は東へ約55メートル
- 後の総括では約60メートル程度
数字にわずかな違いがあるのは、発表時期や評価方法の違いによるものであり、どちらの整理でも当初の目標だった100メートル以内に収まっているという結論は変わりません。
軟着陸と正常着陸の違い
軟着陸とは、探査機が月面へ到達した際に機体が直ちに破壊されず、機能や通信を維持できる程度まで速度を落として接地することを指し、必ずしも予定通りの向きで止まることまで意味しません。
SLIMは想定外の姿勢になりましたが、接地後も地球との通信を続け、着陸降下中のデータを送信し、地上からの指令で安全に電源を切ることができたため、制御不能の高速衝突とは明確に異なります。
一方、予定した姿勢、電力、温度、通信条件をすべて満たす正常着陸という観点では課題が残ったため、姿勢まで含めて完全な成功だったと表現すると、推進系トラブルや初期の発電不能を軽視することになります。
SLIMの評価では、ピンポイント着陸の技術実証は成功、着陸姿勢は計画外、推進系には改善すべき問題が発生したというように、達成事項と異常事象を分けて捉えることが最も実態に近い見方です。
着陸後に起きた出来事

SLIMの逆立ち姿勢は、外観だけでなく着陸後の電力運用にも大きな影響を与え、太陽電池パネルに十分な光が当たらなかったため、着陸直後は発電できませんでした。
それでも搭載バッテリーが残っている間に着陸データや月面画像を地球へ送り、バッテリーを過放電から守るために電源を切ったことで、後から太陽の向きが変わった際に運用を再開できました。
予定外の姿勢によって通常とは異なる日照条件になりましたが、その条件が結果的に後日の発電回復や複数回の越夜後の通信確認につながり、設計時には想定していなかったデータも得られました。
発電回復までの経過
SLIMは2024年1月20日午前0時20分頃に月面へ到達して通信を確立しましたが、太陽電池パネルが太陽の方向を向いていなかったため、着陸直後は太陽光による電力を得られませんでした。
管制チームは限られたバッテリーを使って必要なデータの送信を優先し、将来の再起動に必要な電力を残すため、同日午前2時57分に地上からの指令で機体の電源を切りました。
| 時期 | 主な出来事 | 運用上の意味 |
|---|---|---|
| 1月20日 | 月面着陸と通信確立 | 着陸データを取得 |
| 同日午前2時57分 | 電源を停止 | バッテリーを保護 |
| 1月28日 | 発電して通信再開 | 科学観測へ移行 |
| 1月31日頃 | 最初の月の夜へ | 通常運用を一旦終了 |
| 8月23日 | 運用終了 | 停波運用を実施 |
月面から見た太陽の位置が時間とともに西側へ移ると、逆立ち姿勢で西を向いていた太陽電池パネルに光が当たり始め、1月28日に通信と機体運用を再開できました。
再開後に得られた成果
電力が回復したSLIMは、搭載したマルチバンド分光カメラを使い、着陸地点周辺にある岩石や月面を覆う細かな砂状物質を複数の波長帯で観測しました。
観測対象には犬種などにちなんだ名称が付けられ、10個の岩石と2か所のレゴリスについて10バンドの波長でデータが取得され、月の内部に由来する可能性がある鉱物の組成を調べる材料になりました。
- 10個の岩石を観測
- 2か所のレゴリスを観測
- 10バンドの波長を使用
- 月面の鉱物組成を調査
- 着陸地点周辺を画像化
- ローバによる外部撮影に成功
また、LEV-1とLEV-2はSLIM本体から分離した後に月面で自律動作し、LEV-2が撮影した画像をLEV-1経由で地球へ送ったため、本体が予定外の姿勢になっても周辺の小型ロボットが独立して成果を上げられることが示されました。
越夜がもたらした知見
月面では約14日間の昼と約14日間の夜が繰り返され、夜間は太陽光による発電ができないうえ、機器が非常に低い温度にさらされるため、SLIMは当初から月の夜を越えて活動する設計ではありませんでした。
しかしSLIMは最初の月の夜を越えた後に再び通信を確立し、その後も合計3回の越夜後に機体の動作が確認され、温度や電源系などに関する貴重なデータを地球へ送りました。
なぜ想定外の越夜が可能だったのかを一つの要因だけで説明することは難しく、逆立ち姿勢による熱の伝わり方、機器ごとの耐温度性能、月面との接触状態、内部に残る熱などが複合的に影響した可能性があります。
4回目の月の夜を迎えた後は通信を再確立できず、JAXAは2024年8月23日にSLIMの運用を終了しましたが、越夜後に取得された機体データは今後の月着陸機に必要な断熱、電源、部品配置を考えるうえで活用できる資料になっています。
SLIMの逆立ち着陸から見える成果
SLIMが逆立ちのような姿勢で着陸した最大の理由は、高度約50メートルで片側メインエンジンのノズルが破損して推力が低下し、正常な側との推力差によって予定外の水平移動や回転が生じたことです。
ノズル破損の背景には、推薬供給圧が低くなっていた着陸終盤に多数の補助スラスタが同時作動し、片側で一時的な不着火が起きた後、内部に滞留した未燃推薬が再着火時に異常燃焼したという連鎖があった可能性が高いとされています。
本来のSLIMは接地後に横向きへ寝かせる二段階着陸を行う設計であり、写真に写った鉛直姿勢は予定された完成形ではありませんが、自律制御によって破壊的な衝突を避け、目標地点から100メートル以内へ到達して通信を維持したため、ピンポイント着陸の主要な技術実証は達成されました。
さらに太陽の向きが変わった後には発電と運用を再開し、月面の岩石観測、超小型ロボットによる撮影、3回の越夜後の通信確認まで実現したことから、SLIMは異常の原因を将来へ残すと同時に、予定外の状況でも成果を引き出せる自律性と小型探査機の可能性を示したミッションだと評価できます。


