JAXAの小型月着陸実証機SLIMは、日本で初めて月面への軟着陸を達成した探査機として大きく報道されましたが、本当に重要な成果は、単に月へ降りたことだけではありません。
SLIMの中心的な目的は、従来よりもはるかに狭い範囲を狙って着陸するピンポイント着陸技術を実証し、月や惑星の探査を「安全な場所へ降りるもの」から「調べたい場所の近くへ降りるもの」に変えることでした。
着陸直前にはメインエンジンの一部にトラブルが起こり、機体が計画とは異なる姿勢で止まったため、成功なのか失敗なのか分かりにくいと感じた人もいるでしょう。
しかし、取得されたデータを詳しく見ると、ピンポイント着陸、画像を使った自律航法、小型軽量化、月面観測、超小型ロボットの連携、想定外の越夜など、今後の宇宙探査につながる成果が数多く残されており、2026年6月にはLEV-2の解析成果も国際学術誌に採択されました。
JAXAのSLIMの成果をわかりやすく整理

SLIMの成果をひと言で表すなら、月面の狙った場所へ高い精度で接近し、異常が起きた状況でも探査機自身の判断によって軟着陸を続け、着陸後の観測やロボット探査まで実現したことです。
機体の姿勢や太陽電池の発電には問題が生じましたが、主目的だった高精度着陸技術の実証は達成され、JAXAが設定していたミニマムサクセス、フルサクセス、エクストラサクセスはいずれも達成と評価されています。
ここでは、ニュースで断片的に伝えられた出来事を分けて考え、何が成功し、何が計画どおりではなく、それでもどのような価値が残ったのかを順番に整理します。
ミッションの結論
SLIMは、すべてが予定どおりに進んだ完全無欠の着陸ではありませんが、プロジェクトの中心目標を達成し、当初の想定を上回る成果も得た成功ミッションと整理できます。
着陸直前に2基あるメインエンジンのうち1基の推力が大きく低下し、機体は横方向の速度や姿勢が想定範囲を外れた状態で接地したため、太陽電池がすぐには発電できない向きで止まりました。
- 日本初の月面軟着陸を達成
- 100メートル以内を目指す高精度着陸を実証
- 画像照合航法と障害物検知が正常に動作
- 月面の岩石を複数波長で観測
- LEV-1とLEV-2の自律探査を実現
- 想定外に3回の越夜後も動作
一部の機器に異常が起きた事実と、技術実証が成功した事実は両立するため、SLIMを理解するときは「何も問題がなかった成功」ではなく「問題が起きても主要目標を達成し、多くのデータを持ち帰った成功」と捉えるのが適切です。
JAXAのプロジェクト総括資料でも、設定されていた各段階の成功基準はすべて達成したと評価されています。
ピンポイント着陸
SLIMの最大の成果は、月面の広い平原へおおまかに降りるのではなく、あらかじめ決めた地点の近くまで自律的に到達するピンポイント着陸技術を実証したことです。
従来の月着陸では数キロメートル規模の着陸範囲を想定する例もありましたが、SLIMは目標地点から100メートル以内という、従来より一桁以上小さな範囲を狙う設計になっていました。
JAXAの初期解析では実際の着陸地点は目標地点の東側約55メートル、後の総括では約60メートルの位置と整理されており、どちらの表現でも100メートル以内という目標を満たしています。
さらに、エンジントラブルが起きる直前の高度約50メートルでは、目標に対する位置精度が10メートル程度以下で、解析方法によっては3メートルから4メートル程度と評価されました。
これは、着陸地点が最終的に約55メートルから60メートルずれた原因が航法精度の不足ではなく、最終段階で推力を失った後に機体が東側へ流された影響であることを示しています。
日本初の月面軟着陸
SLIMは2024年1月20日午前0時20分ごろに月面へ到達し、日本の探査機として初めて月面への軟着陸と地球との通信確立を実現しました。
軟着陸とは、探査機が機能を保てる程度まで速度を落として着地することであり、単に機体を月面へ衝突させることとは区別されます。
着陸時の降下速度は毎秒約1.4メートルとされ、縦方向の速度は仕様範囲内でしたが、横方向の速度や姿勢が想定を外れたため、機体は予定していた向きとは異なる姿勢で静止しました。
それでも通信系や計算機、カメラなどの機能が着陸後も保たれ、着陸降下中の画像や航法誘導データが地球へ送られたことは、軟着陸技術の検証に欠かせない成果です。
着陸結果の数値や当日の状況は、JAXAの月面着陸結果に関する公式発表で確認できます。
成果の全体像
SLIMの成果は、着陸地点の精度だけでなく、探査機を小さく作る技術、危険を避ける自律制御、着陸後の科学観測、ロボット同士の連携まで複数の分野に及びます。
それぞれの成果が将来の探査でどのような役割を持つのかを整理すると、SLIMが単発の記録挑戦ではなく、次世代探査の技術試験機だったことが見えてきます。
| 成果 | 実証した内容 | 将来への意味 |
|---|---|---|
| 高精度着陸 | 100メートル以内へ到達 | 観測地点へ接近できる |
| 画像照合航法 | 月面画像から自己位置を推定 | 地上指示への依存を減らす |
| 障害物検知 | 着陸直前に危険を判定 | 岩やクレーターを避ける |
| 小型軽量化 | 推薬を除き約200キログラム | 低コスト化に役立つ |
| 分光観測 | 岩石とレゴリスを観測 | 月内部の研究につながる |
| ロボット連携 | 撮影と通信を分担 | 分散型探査を実現する |
| 越夜データ | 3回の夜を越えて動作 | 耐環境設計の資料になる |
特に重要なのは、これらが個別の実験で終わらず、打ち上げから月周回、着陸、観測、通信までを一つの小型探査機システムとして動かした結果である点です。
将来の探査機はSLIMとまったく同じ設計になるわけではありませんが、成功した仕組みと発生した問題の両方を設計資料として利用できます。
着陸後の観測
SLIMにはマルチバンド分光カメラが搭載されており、月面の岩石が反射する光を複数の波長に分けて調べることで、含まれる鉱物や化学組成を推定する計画が立てられていました。
着陸直後は太陽電池が発電できず、限られたバッテリー電力を温存するために電源が切られましたが、太陽の方向が変化したことで2024年1月28日に発電と通信が回復しました。
運用再開後には、10個の岩石と2か所のレゴリスについて10バンドの科学観測が行われ、着陸地点周辺の物質を詳しく調べるためのデータが取得されました。
初期発表では13か所の観測対象に対して高解像度観測を行ったと説明されており、後の総括では科学観測の内訳が10個の岩石と2か所のレゴリスとして整理されています。
姿勢異常によって一度は観測継続が危ぶまれたものの、太陽光が当たる時期を見極めて運用を再開し、予定していた分光観測を実施した点も、運用チームの成果といえます。
小型ローバ
SLIMは着陸直前にLEV-1とLEV-2という2機の超小型月面探査ローバを放出し、探査機本体とは別に月面で活動させました。
LEV-1は跳躍と車輪を組み合わせた移動機構を持ち、地球と直接通信できる装置として、LEV-2から受け取った画像を地球へ中継する役割も担いました。
LEV-2は愛称をSORA-Qといい、直径約8センチメートルの球体から走行形態へ変形し、地上から遠隔操作されることなく自律的に移動、撮影、画像選定、送信を行いました。
LEV-2が撮影した画像には計画とは異なる姿勢で止まったSLIMが写っており、機体の状態を外部から確認できる貴重な資料になりました。
この成果によって、完全自律ロボットによる月面探査や複数ロボットの連携が実証され、小さな探査機を多数送り込む分散型探査の可能性が具体的に示されました。
想定外の越夜
月面では昼と夜がそれぞれ地球時間で約14日間続き、夜になると太陽光発電ができないだけでなく、機器が非常に低い温度にさらされます。
SLIMは月面の夜を越えて活動することを前提に設計された探査機ではなかったため、最初の夜を迎えた時点で運用を終えても、当初のミッション上は問題ありませんでした。
ところが、夜が明けた後に通信を試みると探査機から応答があり、その後も合計3回の越夜後に機体が動作していることが確認されました。
なぜ設計上想定していなかった越夜に耐えられたのかを一つの理由だけで説明することは難しく、温度変化によって機器が受けた影響も含めて継続的な解析が必要です。
それでも、越夜前後の機体温度や電源系、通信系のデータは、将来の月面機器が厳しい昼夜の温度差に耐える設計を考えるうえで有用な実測資料になります。
運用終了後の成果
SLIMとの最後の通信は2024年4月28日に行われ、その後も通信再確立が試みられましたが応答を確認できず、JAXAは同年8月23日の停波運用をもって月面活動を終了しました。
運用が終了しても、月面から受信済みの画像、航法データ、温度データ、分光観測データ、ローバの動作記録は残るため、成果の解析や論文発表はその後も続きます。
実際に2026年6月には、LEV-2が月面を移動したことを裏付ける新たな画像と詳細な運用解析が公開され、研究成果が国際学術誌Science Roboticsに採択されました。
解析では、LEV-2が自らSLIMを認識し、機体から約5.08メートル離れた位置で撮影したと推定され、計画された自律動作が月面で実行されていたことがより明確になりました。
最新情報はLEV-2の月面実証成果に関するJAXA公式発表で確認でき、SLIMの成果は運用終了時点で固定されたものではなく、データ解析によって広がり続けていると分かります。
SLIMが狙った場所へ降りる仕組み

月面へ正確に着陸するには、探査機が自分のいる場所を把握し、目的地までの進み方を計算し、最後に岩や急な傾斜を避けながら速度を落とす必要があります。
地球と月の間には通信の遅れがあり、着陸直前の変化を地上の操縦者が見ながら即座に操作することはできないため、一連の判断は探査機自身が行わなければなりません。
SLIMでは画像照合航法、自律的な誘導制御、障害物検知、幅広く推力を変えられるエンジンなどを組み合わせ、約20分間の着陸降下を自動で進めました。
画像照合航法
画像照合航法は、SLIMが月面を撮影し、画像に写ったクレーターの並びを事前に記憶している月面地図と比較することで、自分の位置を推定する仕組みです。
身近な例で考えると、上空から見た交差点や建物の配置を地図と照らし合わせ、現在地を修正しながら目的地へ進むカーナビに近い役割を持っています。
| 段階 | SLIMの処理 | 目的 |
|---|---|---|
| 撮影 | 月面画像を取得 | 地形を確認 |
| 抽出 | クレーターを認識 | 目印を見つける |
| 照合 | 登録地図と比較 | 自己位置を推定 |
| 修正 | 軌道と姿勢を調整 | 目標地点へ近づく |
宇宙機に搭載できる計算機は、消費電力や放射線耐性の制約から地上の高性能パソコンほど自由に処理能力を使えないため、少ない計算量で短時間に照合する専用アルゴリズムが開発されました。
実際の着陸では画像照合航法が正常に働き、エンジントラブルが起こる前の段階で数メートル級の位置精度に達したことが、取得画像と月周回機の地形画像を比較する解析から示されています。
自律誘導
現在地が分かっても、そこから目標地点までどの方向へ進み、どの程度エンジンを噴射するかを決めなければ、ピンポイント着陸は実現できません。
SLIMは測定した位置、高度、速度、姿勢をもとに進路を自ら計算し、地上から細かな操縦指示を受けることなく着陸シーケンスを進めました。
- 画像から現在地を修正
- レーダーで高度を測定
- 目標までの軌道を計算
- エンジン推力を調整
- 高度約50メートルで障害物を確認
- 安全領域へ水平位置を微調整
着陸直前に1基のメインエンジンが十分な推力を出せなくなった後も、搭載ソフトウェアは異常を判断し、残った1基を使って位置のずれを抑えながら降下を続けました。
結果として機体の姿勢は崩れたものの、高速で墜落せず通信可能な状態で月面へ到達したことは、正常時の精密誘導だけでなく異常時の自律制御にも一定の強さがあったことを示します。
小型軽量化
SLIMは推薬を除く質量が約200キログラム、打ち上げ時が約715キログラムで、月面着陸に成功した探査機の中でも非常に小型軽量な部類に入ります。
小さな探査機は打ち上げに必要な能力を抑えやすく、別の衛星と同じロケットへ相乗りする選択肢も広がるため、探査費用や打ち上げ頻度の面で有利になる可能性があります。
SLIMでは燃料と酸化剤を収めるタンクを機体構造の一部として利用し、薄膜太陽電池、軽量バッテリー、デジタル化した電源装置や通信装置を採用して部品の重複を減らしました。
着陸脚には複雑な関節を多用せず、3D積層造形で作られたスポンジ状の金属を潰して衝撃を吸収する仕組みが採用され、単純な構造と軽量化を両立させています。
小型化は機器に使える電力、処理能力、燃料、放熱面積も減らすため簡単ではありませんが、限られた資源で目的を達成した設計経験は、小型探査機による高頻度な月惑星探査につながります。
月面で得られた科学とロボットの成果

SLIMは着陸技術を試す工学実証機として計画されましたが、着陸地点周辺の岩石観測や超小型ロボットの活動など、科学とロボット工学の分野でも重要なデータを残しました。
高精度着陸が必要とされた背景には、月の成り立ちを調べる価値が高い岩石の近くへ探査機を送り、現地で観測したいという研究上の目的があります。
さらに、探査機本体だけにすべての機能を持たせず、小さなロボットが移動、撮影、通信を分担したことで、将来の分散型探査を考えるための具体的な実績が生まれました。
分光カメラ
マルチバンド分光カメラは、人の目に見える色だけでなく近赤外線を含む複数の波長で岩石を撮影し、波長ごとの反射の違いから鉱物の種類や組成を推定する装置です。
SLIMの着陸地点はSHIOLIクレーターの近くにあり、クレーター形成時に月の深い場所から掘り出された可能性がある物質を調べられる場所として選ばれました。
| 観測対象 | 観測内容 | 期待される研究 |
|---|---|---|
| 岩石10個 | 10バンド分光 | 鉱物組成の推定 |
| レゴリス2か所 | 波長別の反射 | 表面物質の比較 |
| 周辺景観 | スキャン撮像 | 岩石配置の把握 |
| 対象までの距離 | 焦点情報を利用 | 岩石サイズの推定 |
観測された岩石にはチームによって犬種などにちなんだ愛称が付けられ、例えば「あきたいぬ」は約18メートル先にあり、横幅が約63センチメートルと推定されました。
取得データは月の起源や内部構造を考える材料になりますが、画像を撮影しただけで月の形成過程が即座に確定するわけではなく、地上実験や過去の月探査データと比較する慎重な解析が必要です。
撮像枚数や初期解析の内容は、マルチバンド分光撮像に関するJAXA宇宙科学研究所の発表で詳しく紹介されています。
ローバの連携
LEV-1とLEV-2は、それぞれ異なる能力を持つ小型ロボットが協力することで、単独では難しい月面撮影と地球へのデータ伝送を実現しました。
LEV-2は小さな機体で周辺を移動して画像を撮影し、処理能力や通信能力を補うLEV-1へ画像を渡し、LEV-1が地球へ送信する構成になっています。
- LEV-1は約2.1キログラム
- LEV-1は跳躍と車輪で移動
- LEV-1は地球と直接通信
- LEV-2は直径約8センチメートル
- LEV-2は球体から走行形態へ変形
- LEV-2は画像を自動選定
地球から月面まで命令を送って結果を受け取るには時間がかかるため、状況を見て自分で展開し、移動し、撮影対象を認識する自律性は小型ロボットにとって重要です。
ローバを小さくできれば、一度の打ち上げで複数台を送り、別々の地点を調査したり、通信が届きにくい場所で中継網を作ったりする探査方法も検討しやすくなります。
一方で、小型ロボットは電力や通信距離、走行能力に限界があるため、すべてを小型機へ置き換えるのではなく、大型機と役割を分担する使い方が現実的です。
レーザー測距
SLIMにはNASAから提供された小型のレーザー再帰反射器が搭載されており、月周回機から照射されたレーザーを入射方向へ反射する基準点として利用できます。
NASAの月周回機LROは2024年5月24日、SLIMに搭載された反射器へレーザーを照射し、反射信号を受信する測距に成功しました。
SLIMは計画とは異なる姿勢で止まったため、機体上の反射器も測距に最適な向きではありませんでしたが、それでも信号が検出されたことには技術的な価値があります。
探査機本体の通信や電源が停止した後も、電力を必要としない反射器は月面に残り、月周回機が位置を測るための標的として利用できる可能性があります。
このような基準点が月面の各所に増えれば、月面地図の精度向上、探査機の航法確認、着陸地点の位置測定などを支えるインフラとして役立つことが期待されます。
トラブルから得られた教訓と今後への影響

SLIMを正しく評価するには、成功した成果だけでなく、着陸直前に何が起こり、なぜ機体が予定と異なる姿勢になったのかも理解する必要があります。
宇宙開発では、機器の異常を隠さずに分析し、再発防止策や設計上の注意点として次の計画へ引き継ぐこと自体が重要な成果になります。
SLIMでは着陸降下の詳細なテレメトリや画像が地球へ届いたため、故障が起きた流れと、その後に制御ソフトウェアがどのように対応したかを具体的に調べることができました。
エンジントラブル
着陸直前の高度約50メートルで、2基あるメインエンジンのうち1基のノズルが破損して離脱し、推力が大きく低下したことが機体姿勢の異常につながりました。
JAXAの総括では、メインエンジンの材料や製造そのものではなく、低下していた推薬供給圧力と複数スラスタの作動タイミングが重なった影響で、着火時に大きな衝撃が生じた可能性が高いとされています。
| 段階 | 推定された現象 |
|---|---|
| 供給圧低下 | 運用末期で圧力が低い |
| 同時噴射 | 補助スラスタが多数作動 |
| 着火遅れ | 1基に未燃推薬が滞留 |
| 圧力回復 | 遅れてエンジンが着火 |
| 衝撃発生 | 未燃推薬にも引火 |
| ノズル破損 | 推力が大幅に低下 |
トラブルはロケットから分離して月へ向かうまでに必要だった推進系作動の約98パーセントを終えた段階で起きており、それ以前は所定の性能を発揮していました。
今後の探査機では、低い供給圧力の状態で複数のスラスタを作動させる条件、着火遅れが起きた場合の保護、運用末期の余裕などを設計と試験に反映できます。
異常が起きたから技術全体が無価値になるのではなく、実機データによって地上試験だけでは見つけにくい条件が判明した点に、工学実証としての意味があります。
太陽電池の問題
SLIMは計画した姿勢で着地できなかったため、太陽電池パネルが着陸直後の太陽方向を向かず、十分な電力を発生できませんでした。
バッテリーを完全に使い切ると、太陽光が当たる時期が来ても再起動できなくなるおそれがあるため、運用チームは取得済みデータを送信した後、着陸から約2時間半後に電源を切りました。
- 着陸直後は発電できない姿勢
- バッテリー残量を残して停止
- 太陽方向の変化を待機
- 約1週間後に通信を再開
- 科学観測を実施
- 月面の日没前にデータを送信
この判断によって、太陽が西側から当たるようになった2024年1月28日に発電が回復し、予定していた岩石の分光観測を進めることができました。
一方で、発電回復は姿勢異常を解決したことを意味せず、利用できる時間帯や太陽高度が限られる不安定な条件で運用を組み立てる必要がありました。
故障時にすべての電力を使って活動を続けるのではなく、将来の復旧可能性を残して安全に停止する判断は、遠隔操作される宇宙機の運用設計でも重要な教訓になります。
将来の月惑星探査
高精度着陸が実用化されると、探査機は着陸しやすい広い平原を選ぶだけでなく、調べたい岩石、資源候補地、過去の探査機、基地建設予定地の近くへ降りやすくなります。
例えば、永久影となる領域の水資源を調査する場合や、クレーター斜面に露出した古い地層を調べる場合には、安全な場所を見つけながら狭い目標範囲へ接近する能力が欠かせません。
有人探査や物資輸送では、基地から何キロメートルも離れた場所へ荷物が届くと回収に大きな負担がかかるため、着陸精度の向上は科学観測だけでなく月面活動の安全性や効率にも関係します。
小型軽量化の成果を組み合わせれば、1機の大型探査機にすべてを任せる方法だけでなく、目的を絞った複数の小型機を異なる地点へ送り込む方法も選びやすくなります。
SLIMの技術をそのまま別の探査機へコピーすればよいわけではありませんが、画像照合、自律誘導、障害物回避、軽量構造、異常時制御の実績は、今後の月や火星衛星などを目指す計画の基礎になります。
SLIMで誤解しやすいポイント

SLIMについて調べると、着陸誤差が3メートルから4メートル、10メートル、55メートル、約60メートルなど複数の数字で説明されており、どれが正しいのか迷いやすくなります。
また、機体が逆立ちに近い姿勢で写っていることから失敗と考える人もいれば、JAXAが成功と発表しているため問題がなかったと受け取る人もいます。
数字が示す測定段階と、ミッションごとに設定された成功条件を分けて確認すれば、これらの説明は必ずしも矛盾していないと理解できます。
着陸誤差の数字
3メートルから4メートル程度という数字は、エンジントラブルと障害物回避が始まる前の高度約50メートルで、SLIMが目標地点の近くまでどれだけ正確に到達していたかを表す評価です。
10メートル程度以下という表現は、同じ高度付近で取得された複数画像を使って評価した結果をまとめたもので、画像によって約3.4メートルや約10.2メートルという値が示されています。
| 数字 | 示している内容 |
|---|---|
| 3〜4メートル程度 | 高度約50メートルでの推定精度 |
| 10メートル程度以下 | 画像比較による総合的な評価 |
| 約55メートル | 初期発表の最終着陸位置 |
| 約60メートル | 総括資料の概略表現 |
| 100メートル以内 | プロジェクトの達成目標 |
最終着陸地点が約55メートルから60メートルずれたのは、高度約50メートルでエンジンの推力が失われた後に東側へ流されながら降下したためです。
したがって、ピンポイント航法が最初から約60メートルずれていたのではなく、高精度に接近した後でトラブルの影響を受けながらも100メートル以内に着地したという順序で理解する必要があります。
成功と失敗の境界
宇宙ミッションの成功は、機体が理想的な姿勢で残ったかどうかだけでなく、計画時に定めた目的をどこまで達成したかによって評価されます。
SLIMでは、小型探査機による月面着陸と画像照合航法の検証が最低限の目標であり、100メートル以内の高精度着陸がフルサクセス、着陸後の月面活動が追加目標でした。
- エンジン1基の推力低下は失敗部分
- 予定外の姿勢は失敗部分
- 着陸直後の発電不能は失敗部分
- 高精度着陸の実証は成功
- 軟着陸後の通信維持は成功
- 科学観測とローバ活動も成功
このため、SLIM全体を失敗とする評価は主要目標の達成を見落としており、反対に何の問題もない完全成功とする評価もトラブルの事実を無視しています。
適切な表現は、着陸姿勢には重大な異常があったものの、主要な工学目標と着陸後の追加目標を達成し、JAXAがプロジェクト全体を成功と評価したミッションです。
成功と異常を分けて考える姿勢は、研究開発の成果を過度に持ち上げたり、外見上の問題だけで切り捨てたりしないために重要です。
世界初という表現
SLIMは日本初の月面軟着陸を達成した探査機であり、JAXAは100メートル級のピンポイント着陸を世界で初めて実証したと説明しています。
ただし、世界初という言葉だけを見ると、過去の探査機が位置を制御せず無作為に着陸していたように受け取られますが、実際には各機が安全領域を設定し、軌道や高度を制御してきました。
SLIMの新しさは位置制御の有無ではなく、月面画像から自己位置を修正しながら、従来より大幅に狭い100メートル以内の目標範囲へ着陸する技術を主要目的として実証した点にあります。
LEV-1とLEV-2についても、完全自律ロボットによる月面探査、複数ロボットの同時探査、世界最小・最軽量級の月面ロボットなど、条件ごとに世界初の成果が整理されています。
世界初という表現を確認するときは、何が初めてなのか、精度や自律性などの条件がどこにあるのかを公式資料で確かめると、成果の本当の価値を理解しやすくなります。
SLIMの成果から見える月探査の次の一歩
SLIMの最大の成果は、日本の探査機が月面へ到達した記録だけではなく、画像を見て現在地を判断し、障害物を避けながら狙った場所へ近づく技術を実際の月面着陸で示したことです。
着陸直前のエンジントラブルによって機体は計画と異なる姿勢になりましたが、残った推力で軟着陸を続け、100メートル以内という目標を満たし、航法データや月面画像を地球へ送ることができました。
着陸後には岩石とレゴリスの分光観測、LEV-1とLEV-2の自律活動、NASAの月周回機によるレーザー測距が実現し、設計上想定していなかった3回の越夜後にも機体データが得られました。
2024年8月に月面運用は終了しましたが、取得済みデータの解析は続き、2026年6月にはLEV-2の移動と自律制御を裏付ける研究成果が発表されるなど、SLIMが残した価値は現在も広がっています。
SLIMが開いたのは、着陸しやすい場所を選ぶ探査から、科学的に調べたい場所や将来の基地に必要な場所へ接近する探査への道であり、成功した技術と発生したトラブルの両方が次の月惑星探査を支える知識になります。



